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「第十六回:李の季節」

海の部屋_第十六回_掲載写真

「夏の熱いアスファルトに落ちた蝉を見てると悲しくなるよね」
「けどしょうがないじゃん、奇数だったらラッキーとか思えば?」

こんな短い会話で生まれたへんてこなジンクスに縛られたまま、また一つ大人になった。


夏はアスファルトの蝉、秋は銀杏の雄雌を数えて、冬は白い息の行方を追う。
こんな風に毎年同じことを要領よく繰り返せば四季の境目をほんの少しだけ明確にすることができる。けれどクローゼットの中はそう上手くはいかない。夏が来たというのにまだ冬服が我が物顔で居座っているのだから。


夏服は「なんなんですかこいつらは!早く退かしてください!」と言わんばかりにギチギチと端に追いやられ、一枚引き抜くたびにまた一枚と床に落ちる。さすがに可哀想に(拾うのが面倒くさく)なり、この重く憎たらしい冬服達を実家に持って行くことにした。


乱雑に袋詰めされた洋服を見ていると季節が一周しても着こなせずにクローゼットの奥底にしまった服を友人に譲った時のことを思い出した。
ついこの間まで自分のテリトリーにあったとは思えないほどの魅力を放ったそれを着こなす彼女に「似合ってるね」の一言すら言えなかったのだ。
それよりも、なんで自分には似合わなかったのだろうということ、そしてその服を扱いこなせなかったという事実が悔しかった。



全ての服を着こなす必要も、全ての武器を使いこなす必要もないと思えるようになったのはつい最近だった。
歳を重ねるということは不思議で、自然と「よそはよそ、うちはうち」と考えられるようになるのだ。
これはただ単に歳を重ねると言う事実がそうしているのではなく、自分の中で確かに蓄積するものを意識できるようになったからだろう。
知識や経験、これまでに芽生えた感情や考えた時間などの目に見えない"何か,,は瑞々しく酸味の残る李が柔らかく熟し香りたつように、話し方や表情などその人の纏う空気になってやがて外部に放出される。
そしてそれは服やアクセサリーよりももっと強い力で人を惹きつけるということを知った。


手当たり次第のないものねだりで両手いっぱいに抱えるよりも、今の自分を輝かせてくれるもの以外は潔く手放せたならそれは素敵な大人への大きな一歩かもしれない。


海 (2021.08.03更新)




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