セーヌの川の底には...

大雨でセーヌが氾濫したらしい。
ルーブル美術館の貴重な作品も避難させたって。

クルト・ワイルがパリ亡命中に書いた"セーヌ哀歌"をふと思い出した。
歌詞がすごいんだよね、コレ。
歓びと悲しみ、愛と憎しみ、美しさと醜さ、光と闇...。
ワイルの長調と短調を行き来するメロディにそれがのって歌われる。
テレサ・ストラータスとマリアンヌ・フェイスフルのを聴き返してみた。
う〜ん...やっぱりドイツっぽい重さが出てるねえ。
最近はジュリエットグレコばかり聴いていたからねえ。
彼女も歌っているのかもしれないねえ。

そしてどうしても梶井基次郎を思い出させるねえ。

2016年6月 3日 11:22 okamoto sadayoshi コメント(5)

投稿者:かじゅ :

定義さん、こんにちは。
セーヌ川の氾濫知りませんでした。
平気なのかな。
毎日いろいろなニュースが耳に入ります。
梶井基次郎さんと聞くと、檸檬ですね。
爽やかな陽気ですな。
コーヒー飲んでひと息つこう。

投稿者:たえ :

セーヌ川、そうなんだ?
ルーブルは川沿いに建っているからね。
オルセーは大丈夫なの?

クルト・ワイル~ヴァイルは『三文オペラ』、梶井基次郎は『檸檬』しか思い浮かばないわぁ。
他の方は名前は知っているけど、良く分からない。
子供の頃からイロイロ教育を受けては来たけれど、すっかり忘れてしまっている情けなさよ。
いやいやだと身に付かないわね?
よってサダさんによって思い出させてもらっている訳で......。
これには感謝。
 

投稿者:そらしれどん♪ :

そうなのよねえ。
この欧州の洪水で、フランスとドイツでは亡くなった方がいるらしい。
早くおさまりますように。

グレコのセーヌ哀歌、ありそうですね。

「セーヌ川の底には
黄金がある 錆びた船がある
宝石がある 武器がある」
混沌と、様々なものがある。
見えないものがある。
それら全てがあっての真実、ってことかなあ。と。

「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているから。」
「セーヌ哀歌」も「桜の樹の下には」も「星の王子さま」も、とどのつまりは同じ事を言っている。
あ、「秘すれば花」とも通ずる部分がかしら。

「おまえは腋の下を拭いているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。」
バランスは大事で、右に大きく振れたら左にも大きく振れないと、倒れてしまうもの。

「大切なものは心で見なくちゃ」
「おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。」
実は同じ。

投稿者:そらしれどん♪ :

明治や大正、昭和初期の親御さんや御祖父母がいらっしゃる、またはいらっしゃった方は、通じると思われるが。
昔は、不要なもの、なかったことにしたいものは、川に捨てたり山に埋めたりしていたよね。いかが?
その行為は、自然にかえすのではなく、隠したり流したりして消すために。
現代では不法投棄にあたるのでできないけれど、犯罪においては、今もこれらの行為が行われることが多いと思う。

丁度大きな図書館にいたので、「セーヌ哀歌」の詩をそこで読んでみて、万国共通の思考があるんだなあと思った。
「桜の樹の下には」と、とても似た表現もあった。
そこは参考にしたのとは違って、入り口が違い、道の形もちょっと違うけれど、同じ何かに辿り着いたのかなあと考えた。

美しい透視術で日々生きていくのは、辛すぎる。
しかし、大切なものは心で見るようにはしたいなあ。

投稿者:浅葱 :

えっ、セーヌ川が氾濫したのですか⁉結構大きな川だったように思うのですが…

ルーブルの美術品って膨大な数なのに、避難しきれたのでしょうか?

クルト・ワイル、知らなかったので聴いてみます。サダさんは本当に色んな音楽をご存知ですね。

それに紹介して下さる文章が、いつもとっても文学的なのがすごいです。サダさんみたいな文章を書いてみたいです。

梶井基次郎の事、前にも書いていらっしゃいましたね。「檸檬」とあと短編いくつか読みました。

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