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皆さんこんにちは、第一回目ということもあって前回少ししゃべりすぎたしんたです。
どうしても自分の興味のある分野になると冷静に語れなくなってしまう性分みたいで、ラジオやテレビでサッカートークをする時は必ず汗まみれになってしまいスタイリストさんを毎回泣かせていますが笑、徐々にそこら辺もマシになっていくと思いますので、どうか長い目で見てやってください。 というわけで今回もまた文体を変えながらいろいろと話していきたいと思います。
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アジアカップの日本の成績は4位だった。3連覇のかかる大会での4位。W杯で惨敗して監督交代後の国際大会で4位。はっきり言って消化不良で先行き不安で、不透明だ。
しかもこれで現在の日本には世界で戦っていくだけの力がないことが照明されてしまった。
もちろんこの結果について誰かを戦犯にあげてプロパガンダしたり、単純に監督や過密日程を組んだJFAを批判することは簡単なのだが、それじゃあこのタイトルにした意味がないし、ここまで固まって数試合を通じて代表を分析できる機会もあまりないので、今回はアジアカップ全体の日本代表を見ながら、幸い同じタイミングで各大陸王者を決める大会も行われていたので、それを頭に入れながら現在の代表と世界の差を考えていきたいと思う。
いきなりではあるが4位に対する原因究明をしてみると、個人的に大きいと思われるのは監督でも選手でもアウェイの環境でもなく、恐らくボールと芝の違いだろう。たかがボールや芝だと思われるかもしれないが、例えば楽器一つとっても数年弾きなれたピアノやギターをいきなり違った機種に代えるとさすがに一瞬戸惑う。デジタル機器ならまだしも、アナログになると同じものでも個性が出るので、それを含めていつものパフォーマンスをしようと思ってもさすがに少し時間がかかる。しかしその差というのはやはり手練れのプレーヤーであればあるほどいつもと変わらずに難なくこなしてしまう。これがまずアジアカップで感じた世界との差だ。
何が言いたいかと言うと「ボールと芝がJリーグと違うから4位だった」のではなく、そこに左右されてしまったから4位になってしまった、と言えるのではないか。
筆者も少しながらサッカーをやっているが、それまでのボールと比べて現在のJリーグで使っているアディダス社のチームガイストというボールを使った瞬間、チーム全員がぶったまげた。とにかく飛ぶのだ。そして、よく弾む。
例えばトラップ一つにとってもとにかく大きくなってしまうし、センタリングもかなりの確立で反対のサイドラインを割ってしまう。もちろんうちのチームと代表レベルを比べるのはあまりに浅はかだが、長短問わずほんの僅かで届かずにパスミスになってしまう場面を大会中に多く見られたことを考えると、その理由も否定できないのではないか。
ドイツ・ブンデスリーガなどではチームごとに使う試合球が違ったり、たくさんの国々と比較的 楽に親善試合が組める欧州の代表選手では、ボールや芝の違いに左右される選手というのはあまり見かけない。反対にホームでよく親善試合を組むことが多い日本代表では…差は明らかだ。
言葉の違いという意味ではなくて、監督の言葉自体というか、言葉の裏を読めているかどうかも恐らく上を狙える選手かそうでないかに関わってくると思うが、現在の代表の中でオシムのやりたいことを具現化してると思える選手が極端に少ないような気がしてならない。
今回の大会中全ての試合で巷でよく批判されていたのが攻守の切り替えの極端な遅さとミドルシュートの少なさ、そして仕掛ける選手が皆無な点だ。6試合中全てにおいて同じ状態で、ひょっとしてこれもオシムの意図なのかと一瞬思ったが、"考えて走るサッカー"とはほど遠いこの現状がオシムの理想とはとても思えない。
これは推測の枠を出ない意見だが、オシムのサッカーは恐らくかなり自由だ。ジーコのいう自由にほど近く、しかしその実はかなりほど遠い、そういう自由を目指してるのだと感じる。
そのジーコとの決定的な差が「可能性」だ。得点に結ぶならとりあえず何をしても良くて、選手一人一人の自主性に任せつつ時に魅せるプレーに走っても結局点に結べばいいという、要するに可能性はとりあえず考えずに個人のセンスで球回しをするのがジーコなら、ボールを持つ人持たない人全てが様々な選択肢から点につながると思われる行動を選手個人が自由に選んで得点の可能性を高めていくのがオシムのサッカーではないかと思う。とすれば韓国戦の羽生のミドルはOKでキリンカップ・モンテネグロ戦のケンゴのミドルがNGだという狙いも非常に納得できる。
韓国戦の羽生のミドルは確かにあの2歩ほど前に打っていたなら恐らくNGで、オシムの「WHY???!!!」がまた聞けたかもしれないが、その2歩での戦況の変化によりあの瞬間ではミドルが一番得点の可能性が高かったように思う。足の止まった味方、そしてマークやラインの見直しにより敵の気持ちが一瞬だけボールから味方の前線の選手に移ったなら、さらにバイタルエリアにスペースが少しでもあるなら、やはりミドルが一番効果的だろう。それが交代したばかりの選手ならなおさらだ。
顔を出している味方がいるにも関わらずパスを選択せずに、さらにドリブルを仕掛けて体のバランスが崩れたからとりあえずミドルを狙ったのとではかなり差がある。
要するに"とりあえずミドルを選択する"のではなく"ミドルを選択出来る環境を作る"のがオシムサッカーの考え方なのではないか。そして全ての選択肢を可能性のある順に並べるだけでなく、自分のやりたいプレーの可能性を自分のとる行動で高めていき、その上でさらに自由な発想でサッカーをしていくのが本当の意味での"考えて走る魅力的なサッカー"=スペクタクルなサッカーではないのか。
コパ・アメリカ決勝戦のブラジルを観てそう、強く思ったのだった。(2007.8.6)
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| 常田真太郎(トキタシンタロウ) |
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幼少よりサッカーを始めるが万年補欠。一度は柔の道に進むも2000年のユーログループリーグ、ポルトガル×イングランド戦のルイコスタのプレーに魅了され再びサッカー熱が再加熱。現在は、蹴る(フルコート、フットサル他)、観る(主に川崎フロンターレ、ACミラン)、ゲーム(ウイニングイレブン)、語る、のサッカー全般で活動中。サッカー界の友人には川崎フロンターレ・中村憲剛、サンフレッチェ広島・佐藤寿人などがいる。 176cm 81kg、ポジションは主にDF。 敬愛する選手はルイコスタ、ガットゥーゾ、 ネスタ。
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