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「June」SPECIAL企画 皆さんの新生活エピソード

ニューアルバム「TIME」の中でも「新生活」がキーワードとなっている楽曲「June」が現在積水ハウス株式会社「シャーメゾン」CM曲としてオンエアー中です。
そこで皆様から募集した 「これから初めて一人暮らしを始める」「新しい職場でステキな出会いがあった」「引越しをして新しい街で暮らし始めた」 など、新生活にまつわるエピソードをWEB上で発表していきます。

沢山のエピソードありがとうございました。
※スペースの関係上UPできなかったメールもあります。 申し訳ありませんでした。
スガシカオのコメント付きの三名にはスガシカオSPECIALグッズをお送りいたします。



優秀賞
maiさんのエピソード

進学のため新しい街に引っ越し、学校が始まる前だったのでまだ知り合いもいなかった頃の話です。

車のウォッシャー液が切れて買いに行ったカー用品専門店の駐車場がいっぱいで停められるところを探しているところで、 スポーツカーにうっかりこすってしまいました…
新しい街に来て早々これか…とがっくりしてたらコンコンと窓を叩いて 「やっちゃいましたね!」と爽やかな男性の声(当時はこれが悪魔の囁きに聞こえた) "新生活初めて早々これか…"更にがっくり。
実はその男性はこすった車の持ち主で、「ボロイ車だからいいよ」と言われたんですが そういう訳にもいかないので取り敢えず連絡先だけ交換し、 私の仕送りと先月までのバイト代が入ったら修理代を支払うという約束で別れました。

そして別れて1時間後、フラッと立ち寄った本屋の自動ドアをくぐると、 地下の階段からさっきの男性が上がってくるところで、 バッチリ目が合ってしまったので逃げるに逃げられず、 焦った私はとりあえず謝り倒したんですが、そんな私が可哀相に思ったのか 色々話を振ってくれました。
途中すごい音で私の腹の虫が鳴いたんですが、クスッと笑って「俺も腹すいてんだよね」と近所のファーストフードへ。 何故か私がご馳走してもらいました。

初めての街で初めて知り合いになった男性ですが、今では私の初めての夫です。
もちろん修理代は払っていません(笑)
スガ シカオ
なんか、おとぎ話のようなかんじですね。この手のロマンスには、とんと縁のないワタクシとしましては、かなりうらやましい気持ちで選ばせて頂きました。「やっちゃいましたね」 かぁ、かっこいいなぁ・・・はたして心の狭いワタクシに、この余裕の発言ができるのだろうか・・・・。

中村 悟史さんのエピソード

はじめまして、30歳会社員です。いつも応援しています。
昨年11月に結婚して、社宅で新しい生活を始めました。
その新婚生活、思ってもない事でもめてしまいました。
それは枕の向きです。
私は子供の頃から両親に「北枕は死んだ人の寝る向きだ」と教えられてきたのですが、妻は北枕じゃないと熟睡できないと言うのです。
何度も話し合ったのですが(というかケンカ・・・)折り合いがつかず、最初の頃は先に布団を敷いたほうの勝ちという事にしていました。しかし、お互いどうにも納得がいかず互い違いで寝た事も何度か・・・
結局今では「方向音痴のくせに南北言うんじゃねぇ。」と言いくるめ南枕に落ち着きました。 シカオさんはどちら向きで寝ますか?
スガ シカオ
ぼくは通常立ってねるので、まぁ・・・上向きですかね・・・あっ枕いらないですね、立ってねるなら・・・失礼。

ふらんすぱんさんのエピソード

忘れもしないできごとがあります。
憧れのロフト付アパートに1人暮らしを始めた時のことです。
ロフトに寝るのが夢で、幸せな気分でウトウトし始めた時突然ロフトが揺れ始めたんです!
1人暮らしして、早々地震なんて〜っと飛び起きたのに、なにやら 隣の部屋から女性のなまめかしい声が聞こえるじゃないですか!
そう、地震ではなく、隣のロフトにいるカップルが激しく揺らしていたのです。。。
ああ、私の憧れのロフトが〜と描いていたイメージが崩れた瞬間でした。。。
アパートの壁の薄さは選ぶ時の重要ポイントですよね(^^;)
スガ シカオ
ぼくもロフト生活にあこがれ、学生の時にさんざん探したのですが、やはり家賃が高くて手が出ませんでした・・・とほほ。

さばさんのエピソード

大学を卒業して就職した大手通信メーカーを辞めたのは、まだ就職2年目の12月。「どうしてもここにはいられない」という思いでいっぱいになって、同僚や先輩、上司が働くフロアを、やけに広いなあと感じながら見渡したのを覚えています。

翌年の2月から1ヶ月、生まれ育った東京を出て、京都の織物工場に付設されたテキスタイルの学校での寮生活が始まりました。夢にまで見た大きな織り機で、自分の手で一から織り上げる経験。美大にも芸大にも無縁で来た私にとって、環境も先輩の作品もなにもかもが新鮮で、強烈な刺激を受けました。これから先のことよりも、「現在」だけで精一杯の1ヶ月を過ごし、でもその後、結局織物の道に進むことは出来ませんでした。夢と生活との間をとって、和服裁縫の勉強をして、1年後、和裁所というところに就職。布に触っていられる仕事でお金が稼げるなら、と。

バスの運転手さんに降りたい停留所に行くか尋ねて、「これはデマチ行きやでえ」と一言返され、その意味がしばらく理解できなかったあの恥ずかしさ。
テレビのない無音状態に耐えられなくなり、実家から送ってもらったウォークマンから耳に流れ込んで来た音楽の鮮明さ。
部屋をシェアして、そこで今でも大切な友人を得たこと。
冬の鴨川の景色。
ガイドブックを頼りにたどり着いた、祇園のおばんざい屋さんの立派な門構えに怖気づいて退散したこと。
とっつきにくいコワモテ上級生の作品が、あまりに素晴らしくて度肝を抜かれたこと。
工場から出る糸を使い放題で、作品を織ることが出来たこと。
それまで誰にも共感してもらえなかった織物への夢を、あの寮に居た誰もが理解してくれた心強さ。

今でもあの冬の京都での1ヶ月、いつどの場面を思い出しても、くっきりはっきり、当時のあらゆる感覚が蘇ります。
無知ゆえの行動力に、今はここから拍手を送りたい気分です。



もなもなさんのエピソード

シカオちゃんこんにちは。私の「新しい生活」聞いてください。 少し前になるのですが、当時高校生だった私は、あまり友達の中に溶け込むことのできないいわゆる「はみ出しっ子」で、自分でその状況を特に打開しようとも思っていなかったので、それが同級生の反感を買い、いじめに発展してしまいました。あまり人の言う事やする事など気にもとめない性格ではあるのですが、これには心身ともにまいってしまい、かなり病んでしまいました。結局学校も登校拒否をしてしまい、引きこもる生活が続いていたのです。心配した父母は、環境を変えればと語学留学を提案してくれ、私はそのときの生活に自分でもうんざりしていたので、すぐロンドンに行く事にきめました。
遠いところに行くと言う事で、「今の現実から逃げる」という気持ちはあったけれど、その時は、気持ちにふたをしました。
新しい場所には、何か今までと違う自分になれそうな感じがして、うきうきしました。シカオちゃんの歌みたく今までの場所とは、匂いも感じも違うので、それに自分がうまく乗って、巻き込まれていけたらと思ったのです。実際、それまでの日本での私の生活環境から逃げたことに後ろ髪は惹かれたけれども、そこから逃げたからには、とりあえず前を向いて今の環境だけは大事にしようと思いました。イギリスという国は、イギリス人以外には目に見えない人種差別が強くて、私もプレッシャーをいつも感じていましたが、でも、できるだけ自分で打ち解けていけるように努力はしたし、言葉も早く話せるように一生懸命勉強しました。
数年前に帰って来ましたが、今となっては高校時代、なぜもっと周りに目を向けることができなかったのか考えます。でも、ずっと思いつめているよりも、軽くそのときの環境から逃げた私の選択は、今でも大きな意味を持っています。新しい自分になることで、今までの自分にやっと向き合えたから。現実から逃げたという気持ちを軽くしてくれたロンドンに着いたときに感じたあの匂いは、忘れられない私の心のより所です。



宮崎かおりさんのエピソード

26歳で結婚し、28歳で出産。夫の転勤先である九州での生活を9年続けたその日。私は離婚をしました。財産と呼べるものは何一つ無かったのですが、唯一真っ赤なステーションワゴンの車だけは手放すまいと、九州からフェリーで揺られ、愛車と共に車で実家へと戻ってきました。 子供と愛犬は飛行機で先に東京へ送り出し、引越しを済ませ、長距離フェリーに乗りました。その日の夜出港しましたが、あいにくのお天気で船はとても揺れました。一人での船旅、離婚という重たい現実を一人で背負って、この先、子供と一緒に食べて暮らしていけるんだろうかと、とても心細くなりました。荒れる海は、まさに私の心のようでした。 もうじき東京に着くのでは無いかと思った頃、雨が少し上がったようなので 寒い甲板に出てみました。季節は春といってもまだ寒い3月下旬。
凍りつくような海風に押しつぶされそうになったときに、誰かが 「虹が出てる!」と叫びました。
薄雲の中から綺麗な虹がぼんやりとかかっていました。
その景色を見た途端、 「私は一からきっとやり直せる」と、心に勇気が沸いて来ました。
「自分で選んだ道、そして好きな東京できっとやりなおせる」 その虹は、私の心を汲んでくれているかのように、か弱く ぼんやりと掛かった虹でしたが、私は自分の再出発を 祝福してくれた気がして、とても嬉しかったのを覚えています。
あれから3年が経ちました。100%満足とは行かないけれども、でも 私はあの日に誓った勇気を忘れずに一生懸命前向きに生きています。



まいちゃんさんのエピソード

先週の日曜日、1年間同棲していた彼が実家に帰ってしまいました。これも新生活と言えるでしょうか?「別れるのではなくちょっと離れてお互いを見つめ直そう」と彼は言ってました。確かに関係はギクシャクしてました。でも私はどんなに喧嘩をしても一緒に居ることに意味があると思い「出て行かないで!」と泣きつきましたが、「俺の意見がまた握りつぶされる・・・」そこまで言われたらしょうがない、「好きなようにしな」と開放してあげました。
丸三日間泣き続けもう立ち直れないんじゃないかと思いきや、意外と快適・お気楽な生活に戻り自由に飲みにも行け「あれ?そうだ!私も今まで我慢してたのか・・・」そして昨日!シカオちゃんのフォーラムライブ行きました!最高でした。踊りまくり足も背中も筋肉痛です!シカオちゃんにまで嫉妬してた彼と離れ心おきなく楽しめました。
ゴールの見えない同棲生活にイラつき、中途半端な関係を割り切ることさえ出来ない自分に弱さを感じました。でもやっぱり好きであることには変わりないので「もう少し愛についてうまく話せる時がきたら、また一緒に暮らそう」と思います。

ところで"June"ってCMの様に爽やかな曲なのかなぁ?初めて聞いたときから新しい町にもやっぱり不満や不安があってどこが自分の居場所なの?って感じの曲だと思ってました。でも大好きな曲!だからあのCMでシカオちゃんの曲がかかっててビックリしました。 では私のダークな新生活を紹介しました。



スペースさんのエピソード

春からも同じ地で暮らし、身の回りのことには一見すると何の変化もないのですが、一つだけ違うことがあります。それは、いつも一緒にいた彼女が就職で実家に帰り遠距離恋愛になってしまったことです。
どこにでも転がっているような話なのですが、実は以前の恋愛においても遠距離恋愛をしていました。二度続けてやってきたわけです。以前の恋愛はうまくいかなかったのですが、今回の彼女とは本当にうまくやっていきたいと思っています。将来のこともお互いで考えています。心の底から結ばれたいと思っています。
春からも毎日の生活の風景には何の変わりもありません。彼女だけが遠くの地に行ってしまっただけです。僕の心の中は、大丈夫だよという気持ちと、以前のようにうまくいかないかもという気持ちが混ざり合って張り裂けそうです。春からの生活に彼女はいません。ただ、絶対に彼女と結ばれたいという気持ちは変わりません。そんな思いを秘めながら、春からの新生活を迎えたいと思います。



朱夏さんのエピソード

スガさんが学生やってた当時、私も一画学生として東京に行きました。その頃は当然私も若く、夢や希望に溢れ、怖いもの無し!勉強は勿論(画学生ですから課題の山でした)親元離れて初めての自由な開放感に、江戸っ子の友人も呆れるほど遊び呆けておりました。時間なんて有り余る程あって、楽しい毎日にピリオドがあるなんて思ってもいませんでした。しかし、そこは卒業と言う人生の節目があって、小鳥の巣箱のように温柔な寝床から、みんなそれぞれ将来に向って旅立た無ければなりません。
私も勿論いろんな事を考え悩んで、一旦地元に帰って来た分けですが、夢も褪せる程平凡な毎日の中、時間は容赦無くどんどん進んで行きました。そんなある日、スガさんのアルバムを聞き、コンサートの行って、楽しそうに歌ってるスガさんのファンになってしまいました。スガさんは東京都出身だそうですが、その昔、私が暮らしていた街で、同じ空の下生活していたんだなと思うと、あの頃の楽しかった記憶がフラッシュバックして、懐かしく、甘酸っぱく胸を焦がします。



スガマニさんのエピソード

アルバム「TIME」が発売される2日前の11月15日、僕の東京への転勤が決まりました。
東京出身だった僕は入社後すぐに、大阪支社へ配属となりました。
初めての一人暮らし、初めての大阪ということで、 右も左もわからず、僕の社会人生活が始まりました。
最初の頃は慣れない初めての街、初めての言葉、 そして、自分が大阪に来た意味もわからず、 モヤモヤの晴れない日々が続きました。
そんな僕に一筋の光を与えてくれたのが「スガシカオ」というアーティストでした。
「黄金の月」「SPIRIT」などの名曲に、 何度元気付けられ、救われたかわかりません。 人間の葛藤、苦しみ、それを克服しようとする気持ち・・・ 僕のすべてを受け容れ、許してくれるような詞、 その詞が自然に溶け込んでいる曲の数々を毎日聴いていました。
しかし、大阪生活も3年半を経過した昨年の10月、 会社の人間関係に絶えられなくなり、精神的に参ってしまい、 会社を辞めることも真剣に考えました。
ちょうどその頃に、故郷である東京への転勤を言い渡されました。
東京に戻ってみると、なぜか 「はじめて見る街の景色にドキドキ」という歌詞が 自分の気持ちにフィットして、この曲を毎日聴くようになりました。
東京から大阪に行った時の「ドキドキ」を超えるものを感じながら、 「何もかもが 生まれかわる気が」しました。
「もしかしたら やり直せるかもって くちびるをかんだ」 まさに、現在の僕の心境だなという感じです。
故郷の東京とはいえ、まだ慣れない東京の職場で、 まだ、疲れることも多いですが、 「"元気でいます"と 書きはじめたけど・・・ それでいいと思う」 という詞は、まるで上司から言われているような(?)気分です。
「後もどりしても 居場所なんてもうきっと どこにもないと思うんだ」
『前を向いて歩き出そう』
現在はそういう気持ちです。
これからも、人間のリアルな気持ち、感覚を思い起こさせてくれる 素晴らしい詞・曲を作っていってください。
応援しています。



オリーブさんのエピソード

私の「新生活」が始まったのは約1年前、去年の5月のことです。
語学留学を目的として、一人オーストラリアに旅立ち、現在シドニーで生活しています。
渡豪前は正直、「言葉の壁なんて…」と高をくくっていたのですが、いざ現地で生活してみると想像以上に『言葉の壁』は大きいものでした。 1年間という期限付きの留学だったため、焦りと苦悩の日々が続きました。
そんな時です。
考え方を変えてみようと思い、英語にこだわらず、もっとここでの生活を楽しもうと思い始めたのは。
日本人も多く住むこの街、出来る友達が日本人ばっかりでも良いじゃん!例え出来た友達が日本人だったとしても、その人たちとは日本では知り合えなかったかもしれないわけだから。
そんな友達たちに誘われ、始めたのがボディーボード。
毎週末ビーチに行くにつれ、地元のサーファーたちと波の話をしたり、外国人の友達も自然と増えきたんです。
私の人生、楽しくなってきたぞ〜って感じでした。
辛い経験もたくさんしたけど、楽しかったシドニー生活も残すところ1ヶ月弱。1年には少し余裕を残しますが、日本での仕事としてやりたいことが見つかったので、少し早めて帰国することにしました。 帰国後は、私にとっての第2ステージ。
新たな「新生活」の始まりです。
今はその、「新・新生活」に向けワクワク・ドキドキの毎日を過ごしています。



美和さんのエピソード

この1月、5年間フリーで仕事をしてきたというのに新しく会社に就職し、 それを機会に8年暮らしてきた家も引越して近年感じたことのなかったほどの"新生活"をはじめました。
仕事は、ずっと悩み毎日これでいいのかなぁと思いながらも必死になってきたのですが、腰を落ち着けて、じっくり仕事をしようとココロを決めて就職。
不思議なもので、フリーよりも就職した方が自分のやるべき仕事・やりたかった仕事に近くなったと思っているので、きっとこれから苦しいだろうけれどやってみようと思いました。
部屋も、大家さんが下に住んでいる、なんといまどき"男子禁制"アパートから、普通のアパートへ。和室暮らしからフローリング暮らしになり、垢抜けはしないものの、かなり新鮮さは感じていて、仕事も部屋もなんとなく自分の居場所を作れそうだなぁと思っているところ。
金銭的にもココロ的にもかなりいろいろ無理はしているけれど、良い新生活、スタートできたなと実感。
男子禁制に別れを告げ、まずは男を連れ込みます。(・・・うそです)



玲さんのエピソード

生まれた北国の故郷を離れて、進学と同時に初めて南の違う土地で新生活を始めて、10年が経ちました。
カレンダー通りに4月に桜が咲いていること、校舎に南国の植物の巨大なソテツがあったこと、初めて話した大学の人たちの方言に、取り合えずわかったふりをしつつ、意味が理解できなくてショックだったこと、懐かしい始まりの日々です。おまけに、慣れない家での物音に怯えて、トイレから出られなくなったり、カギを忘れて玄関横のメーターボックスに入って過ごしてしまったり、未知の土地にとても緊張していました。
同時に、初めての食べ物のおいしさや、初めて乗った地下鉄、一からの語学の勉強、アルバイトで販売に挑戦したり、やったことのなかった部活、サークル、先輩や友達と汗を流して部活に夢中になり、飲み会でお酒を飲んで盛り上がって、授業の間に友達と恋愛や悩み事やいろんな話をして、、、。新しい生活のおかげで、得たそれらの大切な思い出は、不安や緊張と引き換えにしてもあまりがたくさんあるほどでした。また、離れてみたことで、故郷の有難さを強く思えるようになりました。
それ以来、大きな移動はしていませんが、毎日が新しい一日で、二度とない一日で、今日を大事に過ごしたいと思っています。未知の場所での緊張や失敗を通して学んだことがきっと自信に少しつながっています。(少なくとも今度カギを忘れてもメーターボックスではなく誰かに電話できるはず!笑)
新しい土地で、出会ったアルバイト先の素敵な先輩が、シカオちゃんのファンだったことがきっかけで、一緒に始めてシカオちゃんのライブにも行き、今となっては私の方が、マニアックなファンになり、おかげでものすごく楽しい毎日です!シカオちゃんの音楽と出会えたことは私にとって貴重な宝物です。
新生活の頃の、新鮮な気持ちと冒険の気分を、これからの日常でもたまに思い出していくのもいいなと、振り返ってみて、そんな気持ちになりました。



pipiさんのエピソード

はじめまして。
(横浜BLITZ最高に楽しかったです。1月の青森も良かったけど、やっぱりオールスタンディング最高!!)
昨年の9月に青森から神奈川に引越ししてきて、まさに「新生活」の真っ只中です。というのも主人の転勤のため。(県外への転勤は初めてです)
現在、私は38歳、主人は39歳、子供なし。
私たちは91年に結婚し、今年で14年目の結婚生活ですが、2人っきりで生活するのはこれが初めてでして・・・
これが実に楽しい!!
というのも主人の親との同居というのはヤッパリ色々と難しいこともあるもので、引越ししてからは2人の喧嘩の原因が無くなり、もともと仲良しだったのにさらに拍車がかかっております。へへっ。
さらに新生活の場所が神奈川っていうのもグーッ!!
私は高校卒業後、進学のために上京して最初に暮らしたのが神奈川だったのですが、中退してしまい、泣く泣く青森に強制送還された過去があり、なんか、東京より神奈川が好きで・・・実際、今回の主人の赴任先が神奈川でなければ、主人は単身赴任の刑 !! でした。
今回の転勤の話が来た時、私の強制送還の実行役だった姉は、 「執念だね〜あんたはやっぱりそっちに行く人なのかもね・・・」としみじみ語っておりました。ま、実に長い年数がかかりましたけど・・・
でも決断するまでは本当に悩みました。
私は青森での職場の人間関係がとても良かったので、仕事を辞めたくなかったし、(パートの事務でしたが)この歳での再就職は難しいので・・・ しかも引越し直前に突然母を亡くしてしまい、精神的に不安定な状態での「新生活」・・・本当に不安でしたね。
だけどパートナーの存在って本当に大きいって実感しました。
幸い引越しして1ヵ月後には再就職もでき、今は新しい職場に少〜しずつだけどなじんできた気がします。
主人の突然の転勤、見知らぬ土地での生活、母との突然の別れ、再就職・・・きっと私の人生の中で忘れられない年になりそうです。
それでは。



りんご☆さんのエピソード

ちょうどJuneが出る少し前に、生まれ育った街を離れて新しい土地に引越しました。 今まで当たり前に生活していたのに、住む場所が変わると今まで見えないものがたくさん見えてきました。蒸し暑い満員電車、朝のあわただしいスクランブル交差点、人でごった返す休日のショッピングモール。大嫌いだったはずなのに、なぜかとても恋しいのです。悲しいのです。 そんな時に待ち望んでいた「TIME」が発売になり、1曲目からゆっくりと聴きはじめました。6曲目になって気持ちのよいアップテンポなメロディー、「あっ!いいな!」そう思っていたら、思いがけない詞!聴き終わった時に、とてもすがすがしい気持ちになり、前向きな自分がいました。 その後、TVやラジオ、ガソリンスタンド、コンビニと色々な場面でJuneと出会います。その度にいつもすこし元気をもらえているような気がします。 シカオちゃん、データが故障してくれたおかげで、素敵な歌を届けてくれて本当にどうもありがとう☆



にっしぃさんのエピソード

この春から転職します。今の会社に入ったのは5年前。始めは派遣社員でした。
その後引き抜きされ(いけないことなんですが、円満に引き抜かれました。(笑))嘱託社員になったんです。 この間、いろいろありました。
離婚・元旦那からストーカーされて会社のみんなのお陰で逮捕までこぎつけられたこと。怒涛の5年間でした。
ほんとはもっともっと一緒に仕事がしたかったけど、会社がなくなってしまうんじゃ仕方ないでしょ。
あたし、今後5ヵ年計画立ち上げました。転職し、今よりもっとキャリアや自信をつけて独立をしたい!って。
その時に今の会社の仲間に声をかけて賛同してくれる人と一生仕事がしたい。
なので、今はお別れのようでも今後に繋がるううん。繋げるお別れだから。
新しい仕事はまるっきり別の職種だから、覚悟決めてみっちりと勉強します。他の社会でどれだけ自分が通用するか。自分を伸ばすことができるか 日々の挑戦です。なんて、綺麗なこと言って、へこたれたら はっぱをかけてね。あ、そんな時は「june」聴けばいいんだね。決意がくじけないように、シカオちゃんに宣言してしまった。。。。
これで後戻りは出来ないわね。今の会社には居場所なんてもうどこにもないんだから、しっかりと前を向いてやっていくしかないわ。
うーん。ここまで、書いて思ったんですけど、これって。エピソードじゃないわね。
すみません。。。。 



黒糖飴さんのエピソード

新生活エピソード?んーと頭をひねりつつ、時間が過ぎていきましたがありました!私自身の「新生活」ではありませんが、息子の新生活。今年高校受験で、 無事合格出来てホント良かったのですが、今の時期新しいことがもう始まりまくり!ってカンジなのです。聞けば「それってフツーじゃん」ってことかもしれないけど私(一応高校生の母)にとってすごく新鮮なことなのです。息子は遠慮しがちな性格で服だってお古でいいと言うし、遊園地など普通お金のかかるところに興味もないし、部活ばっかりの生活だったので「人生楽しんでる?」って親としては 少し心配でした。でも、卒業したとたん「なんかはじけた?」ってくらいな生活を送ってます。まずは合格かどうかもまだわからない友達と(息子は推薦入試で合格が決まっていた)朝早くからチャリこいで、関門海峡を渡り(自転車や徒歩で通れる海底に掘られた人道:山口県から九州へ行けます)名物おでんを食べようとしたけど朝早すぎて店が開いてなかった…けど待たずにまた本州に戻り、ショッピングセンター、ボウリング、夕飯は卒業したクラスのみんなとバイキング…。その途中チャリのない友達に貸して、自分は走ったとのこと…。(メールうってる私が疲れる)今日は北九州の遊園地(スペースワールド)へ元クラスメイト達と遊びに行ってます。明日からはもう高校の部活の練習に参加することになっています。 昨日その部活の顧問の先生に電話している姿を見て「いつの間にこんなに大人にちかづいたんだろ?」って思います。息子の体内には今「よっしゃー!やるぞー!」が 一杯あふれていることでしょう。きっとダービーの出走を待つサラブレットの気持ちみたいに…。そんな新生活を待つ息子を羨ましく思いつつ私も応援していこうと思います。



子豚のララ子さんのエピソード

私も5年ほど一人暮らしをしていました。
家の中のイライラした空気から、とにかく逃れたかったのです。
親の様にはなりたくない、私は私の世界を見つけるんだ、なんて今以上にとんがっていました。
自由な時間を手に入れ、好きな物に囲まれて暮らす夢の様な生活・・・!
部屋ごとに色のテーマを決めて収納家具を揃えたり、あのウキウキ感!本当にいいですよね。
6帖間に大の字で寝て、風に揺れるお気に入りのカーテンに顔をくすぐられながら、自分の城を手に入れた喜びに浸りました。
が、現実は結構大変!5月には向かいの林から羽蟻が大量発生してくるし、夏はカナブンやセミが網戸にバチバチあたってきた挙げ句、部屋の中に・・・。家の中で網を振り回し、もう汗だく。秋には産卵後の死にかけのカマキリがアパートの外壁を覆うし、部屋の壁にゲジゲジ(?)が湧くし。(別の歌になっちゃうよ・・・これは「June」のキャンペーン・・・)おかげで殺虫剤に詳しくなりました。 それにエロイタ電に新聞の勧誘・ふとんの押し売り等の撃退、お金のやりくり・・・生活するっていちいち大変。
そんな暮らしをひととおりしてみて私も丸くなったのか、母の味噌汁を素直に恋しく思ったり、父の小言の中に優しさを感じたり、まあ、このDNAに逆らってもしょうがないかと思える様になったのです。 今は親元に戻っているのですが、以前と違って親との距離感がいい感じです。
スガさんが言ってみえた「戻れる所がある幸せ」ってやつですよね・・・。
でも、また一人暮らししたいなぁ!(虫の少ないところで!)
医療費とスガさんのライブ通いで貯金を使い果たしてしまったので(?!)これからコツコツ、貯金し直します!



masakoさんのエピソード

世間で言う”パラサイトシングル”だった私。楽ちんだったし、特に不便も感じなかったし、特に何も言われなかったので、実家暮らし。
派遣社員では家賃を出して生活費をすと、ただでさえ少ない給料がさらに減って自由に使えなくなっちゃう。そんな風に考えていたから、家をでるなんて30過ぎても思わなかった。でも4月のある日、”家を出よう”となんでか思ってしまった。
仕事帰りに不動産屋めぐり。この年まで一人暮らし経験がなかったし、安月給ということもあったので、妹も巻き込んでの独立宣言。5つ目に見た部屋に一目ぼれ。大きな窓から見えた広い空、飛びたつ飛行機に、不安な心を紛らせて。GWが私の独立記念日になった。あれからもうすぐ1年。自分自身、どこか変わっただろうか。ただただ自分の怠け癖が強くだなっただけかもしれない。ひとりじゃなくてよかった。少なくとも食事はダイエットにならないくらい作って食べている。人の目がないとこんなにだらけちゃうなんて、少々あきれている今日この頃。



Sleepyheadさんのエピソード

まだ始まってはいないのですが今年の秋に結婚することになり彼の住む街で新しい生活が始まりそうです。
歌詞のとおりに後戻りができない、本当に新しい生活に期待半分不安半分です。
でも、高校で寮生活を始めた時も、大学で一人暮らしを始めた時も、留学した時も環境は変われど自分らしくやってこれたのでまたなんとかなるさの精神で頑張っていけると思います^^
「TIME]は嫁入り道具に持っていきます。



Mayさんのエピソード

新生活。。。晴れて念願のナース服!春の朝。新鮮な光と空気と柔らかな春の香り。肌寒い風と薄手の綺麗な色のコート。それだけでも幸せがこみ上げてしまう。あれから5年。たくさんの出逢い。善くも悪くも今となれば必要だったなと。
今年、私の気持ちは明らかにある意味新生活。。。エロくてファンキーなスガシカオを知ってしまったこと。そしてさらにライブではまるはめに。こんなことになるなんて予想外。歌声だけでもゾクゾクしちゃうのに。こんな男になら遊ばれてみたいなんて想うほど(笑)お手上げ。ベンハーパーよりも。
あとMacデビュー。この2つは私の生き方を楽しくワクワクへと変えた。まだ始まったばかり。感謝の気持ちを込めてありがとう。教えてくれたあの人にもありがとう。。。



kaoさんのエピソード

春から短大生になります。実は私今年三十路。以前から地域看護に(私は看護師です)興味があり、20代最後の挑戦をし合格。春からの生活に不安もありつつ希望も大で。以前の勉強は甘えもあり正直頑張りが足らなかったように思う。今は経済的にももちろん自分の負担も大きく(ごめんなさい、お母さん)記憶力にも多少不安が・・・でも、自分で決めたこと、チャンスを与えてもらえたので、精一杯頑張りたいと思う。納得のいく一年と送りたいです。



まるさんのエピソード

3月12日に結婚式を挙げて、新しい街での新しい生活が始まります。「JUNE」を初めて聴いたときに、この新生活への期待と不安が入り混じった気持ちとリンクしてやわらかい希望があふれるような気分になりました。サビの部分では、自分の名前を呼ばれているように感じます。(私の名前は「じゅんこ」といいます。)「JUNE」は「6月」。時期は違いますが、披露宴のBGMでぜひこの曲を使いたくて、「これから始まるよ」というイメージで乾杯のときに流れるようにしました。 「新しい街」は私が生まれ育った九州とはまったく気候や風土の異なる北陸にあります。本当に「生まれた街の靴じゃ歩きにくい」のでしょう。まだその地に立ってはいませんが、新しい靴が少しずつ足になじむことを楽しみに暮らして行きたいと思っています。



松☆かおりさんのエピソード

大阪→徳島→東京・小平→高円寺→阿佐ヶ谷…など
一人暮らしで、場所は転々としてきました。
最初はどの街も「なじまない。」と思いながら暮らしてきました。
でも、その街で買った服とか靴とかカバンとかを持ち歩いて 夜街を歩いていると、どんどん馴染んでくる気がしました。
「生活してる街で買った何か」があれば、
少しずつ街が自分に、自分が街に寄ってる気がするんです。
今年の6月から、新生活が待っています。
大好きな人と結婚して二人で新しい街で暮らします♪
馴染むかどうかに不安はありません。
ワタシルールで、その街で身に付ける何かを買うと 自然と馴染んでくるだろうから。
もちろん次は旦那さんと一緒に買いに行きます☆
あれ、ノロケ話(笑)
ごめんなさい(´∇`*)



がっくりさんのエピソード

この歳(当時23歳)になってできた初めての彼氏が就職して引っ越すことになり、入居の日に興味本位で一緒についていきました。真新しい部屋にダンボールがぎっしり、明日は電化製品とか見にいこうねって言ってたのに、次の日彼氏は風邪でダウンしてしまいました。おかげで私は洗濯機冷蔵庫にガスコンロや灯りまで一人で買うはめになりました。夜遅くに全ての電化製品を運びおわり、何も食器がない中でご飯を作って彼氏に食べさせ、夜中看病して何とか彼氏の熱は下がりました。ほっとしたのも束の間その日から彼氏は出勤で、会社に向かう彼氏を見送ったあと、私は何もわからない街で食器や日用品を買いそろえました。何往復もして買い物を終え、夜ご飯を作って、元気に帰宅した彼氏とご飯を食べました。ゆっくりご飯を食べられたのはこの一回だけで、次の日も朝早く彼氏を見送って、私は洗濯物を干して自分の住む町に帰りました。帰る日一人で部屋に座って、ぼーっと何かしら考えていたような気がしますが、何を考えていたのかよく覚えていません。これは本当は私の部屋ではないんだなーとか考えていたのかもしれません。
とにかく遠距離恋愛が始まる寂しさなどをかみ締める間もなく、新しい生活が始まってしまったのを覚えています。それから彼氏とは何とか続いていますが、部屋に行ったのはその日ともう一回だけです。自分がモノをそろえた部屋なのになんだかすごく遠い気がします。



とんちゃんさんのエピソード

スガさん、こんにちは。2月から一人暮らしを始めました。社会人10年目にして、学生以来の一人暮らしです。親元にいた頃は、ほとんど行く必要のなかったホームセンターに夢中です。最近のホームセンターは、なんて便利なものが売っているのだろう!よく、こんなこと考えつく人がるなーと感心しています。結露取り機ってしってましたか?今は毎週日曜日はホームセンターの日です。それと、自炊!コンビニなどは救済所扱いで、あとの食事はほぼ作っています。自分でも意外なんですけど、かなりムキになってやってます。先日は、何を思ったか、ごぼうを買ってしまいました。「私、何買ってんだろう・・・」と家に帰って思わず、自分の行動に笑ってしまいました。あとごぼう3本、どうしたらよいか母に電話しようと思っている今日この頃です。スガさんの一人暮らしってどんなですか?そんな話が聞けるとうれしいです。先日の長野ライブ、最高でした。また絶対来てくださいね!ではでは。



ろうさんのエピソード

数年前、初めてひとり暮らしを始めた頃(ちなみに今はやめました)、銀行やカードの住所変更やNTTの回線申し込みやら何やらと手続きっていろいろ必要なんだなぁと思っていた時、「そういえばNHKは?」と疑問が。 引越して何日かしたころ、ピンポーンとNHKの地域スタッフの方がやって来ました。
「こんにちは。最近引っ越されてきた方ですね?テレビはお持ちですか?」
「あります。NHKの受信料なんですけど、どうやって払えばいいですか?」
「毎月集金にお伺いしてもいいですが、引落しが便利ですよ。」
「あ、そうですか。じゃ、来月から引落しにします。どうすればいいのかなぁ、と思ってたんで来てくれてちょうど良かったです。」 などという会話をし、引落しの申し込みをました。
地域スタッフの方は終止笑顔で、感じのいいおじさんだなぁ、と思っていましたが、その話を姉にすると、 「あんたはあほか。払うなとは言わないけど、たいてい払わないように居留守使ったり、テレビ見ないとか言って追い返すのに…。ひどい応対ばっかりされてるはずだから、あんたみたいな応対してくれたら笑顔にもなるっつーの。」 などと散々馬鹿にされました…。友人知人に話してもだいたい似たような事を言われました…。
これってやっぱり珍しいんでしょうか??



武内真由美さんのエピソード

今年の春から大学へ進学、そしてその寮に入る予定でいます。
寮は一人部屋でないので一人暮らしではないのですが、初めてうちを離れることになるので少し不安でドキドキしてます。
そして何が一番不安かというと、私の進学先が女子大。
日常生活すべて女、女、女…の生活…。
なんだかいやな予感がします。
「June」のごとく“なんだか馴染めなくて ため息が夜にあふれた”になりかねません。…て、寮だからため息つくばもないかも!!?
この際彼氏ができないかも〜なんて言ってられません!!
何とかして4年間、切り抜けていこうと思います!!!



senさんのエピソード

昨年末に引越をして、私なりのちょっとした思いがあったので投稿させていただきます。
(エピソード、というような、そして「June」の曲のイメージとはちょっと(いや、かなり・・・!)違うよね・・・という内容なのですが・・・。)
結婚当初は「お金がナイ+お部屋が狭〜い」というWの条件が揃っていた私達には、いわゆる「食卓」というものさへ買えなかったなぁ〜・・・という生活をしてきたのですが、今の新しい家は前の家よりも、ちょっとばかり広くなって、私自身きっと、一般的女性が誰しもが持つ「憧れ」もあってか、今のこの家には、ダイニングキッチンには北欧のデザインを思わせるようなちょっとした小粋な「食卓」を置き、リビングにはソファー、それにちょっとレトロなシャンデリアなんていうのも飾ったりしてみて、なんだかこれは「リビング雑誌の表紙か?」ってな感じでお部屋をドレスアップしたわけなんです。
でも・・・ダンナが独身時代に使っていた小さい正方形のテーブルで、結婚してからもずっとその小さいテーブルで、たわいのない仲間内での飲み会、ご飯の時ももちろん、ダンナと過ごす日曜日は"なんとなく見ているTV番組"をかけて「成人病まっしぐら!」というようなジャンクフードを机いっぱいに散らかしてダラダラと過ごしていた、なんていう日常を送ってきた私達には、どうも今の家の「リビング雑誌の表紙」のようなスタイルには今だに馴染めないでいます(^^;)
引越しの時に、ダンナにすれば何年もつきあってきた小さな正方形の相棒(机)はさすがに粗大ゴミとして捨ててきてしまいましたがネ。
ま、結局、わざわざ小さいテーブルを近くのホームセンターで買ってきて、今はリビングの横にある小さい和室で二人でチビチビと焼酎を飲みながら「リビング雑誌の表紙」の我が家のリビングを眺めている毎日です・・・。
人間の「習慣」と、「憧れ」のギャップを思い知らされた新生活でした・・・。

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