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 遡ること2月13日、“Nagasa・Oneman8 Band Ver.”初日の大阪公演を2日後に控えた長澤知之にインタビューを行なった。その際に彼はツアー後に計画している企画の構想を語ってくれた。それはまさしく青写真と呼ぶに相応しい朧げなものでありながらも、“その場限りの空間を大事にしたい”という思いと長澤がどれだけその企画に胸を躍らせているのかが強く伝わってきた。そして、“Nagasa・Oneman8 Band Ver.”の千秋楽、恵比寿リキッドルームにて本人の口から正式に発表されたのがマンスリーイベント“IN MY ROOM”である。企画趣旨はその名の通り、長澤の部屋にいるかのようなリラックスした空間と距離感で音楽を楽しむというものである。しかし、私はほんの少しの懸念を抱いていた。なぜなら“長澤の部屋にいるような感覚”は近年のステージ、とりわけ自由度の高い弾き語りライブから強く感じていたからだ。だからこそ、“IN MY ROOM”と改めて打ち出すからには、“Nagasa・Oneman Acoustic Ver.”との明確な差別化が必要に感じられた。

 事実、4月10日に行なわれた第1回はステージ上にソファや卓袱台、歌詞やイラストの描かれた紙を乱雑に撒き散らかすことで、視覚上は“長澤の部屋”を再現しつつも、長澤、またオーディエンスにも初めてゆえのぎこちなさがあり(実際に友人を家に招く、友人の家にあがるときの感覚に似ているが)、ライブ自体は素晴らしいものでありながら、本質的な意味合いにおいて“IN MY ROOMならでは”というものを見出せなかったのが正直な感想だ。が、そこから5月の第2回、6月の第3回と回を重ねる毎に、青山の月見ル君想フが徐々に長澤の部屋に近付いていった。家主(長澤)のリラックスしたムードがオーディエンスに伝播していき、第3回にはバイト帰りにフラッと立ち寄った(というていの)大柴広己とセッションを繰り広げるなど本イベント特有のアイデンティティが芽吹き始めた。長澤自身も確かな手応えを掴んだのだろう。当初4~6月の計3回の予定だったイベントは、7~9月にも開催されることが決定。以下は先日行なわれた後半戦の幕開けとなる第4回。長澤が思い描いていた理想の空間がハッキリとした輪郭を伴って提示された約2時間半の模様。

 この日は公演の前半をニコニコ生放送で配信するための入念なセッティングにやや時間がかかったのか、定刻からやや遅れて長澤が部屋に現れる。小鳥のさえずりとステージ上で胡座をかいた長澤の「おはようございます」という言葉。どうやらここは朝のようだ。「元気ですか?」という長澤からの問いかけに対し、方々から「元気!」と声が飛び交う。こうしたフランクなやり取りも回を追う毎に活発になってきている。「それは何よりだーっ!」という目をひんむいた長澤の絶叫から「あんまり素敵じゃない世界」でライブはスタートした。その後、間髪入れずに「どうせ陽炎」を歌い終えると、会場に響き渡るチャイムの音。この日訪れた友人は石崎ひゅーい。長澤とは第1回目の“ライド”から親交が始まり、今では“ひゅーい”“知ちゃん”と呼び合う間柄だ。取り留めのない会話を繰り広げた後、アコギを手にした2人が奏で始めたのは「スリーフィンガー」。石崎がライブ前日に長澤から教わったというスリーフィンガー奏法に会場も沸き立つ。その後、石崎の楽曲「夜間飛行」に限らず、「ねえ、アリス」「24時のランドリー」も長澤はコーラスとギターに回り、一節一節を丁寧に歌い上げる石崎の姿を誰より嬉しそうに眺めている。対して石崎は「酔っ払いながら知ちゃんの歌を聴くのが一番至福の時間」とビールとポリッピーを手にし、ソファに座って長澤の「GOODBYE,HELLO」をただただ聴き入るという通常のライブでは有り得ないシュールな光景も。敢えなく母親からの電話で帰宅することになった石崎を見送った後も、客席と目線の高さを同じにした胡座スタイルを軸に、時にソファに座り、立ったかと思えばまた座りを自由に繰り返しながら演奏を続ける。夕暮れを示す橙色の照明の中での「茜ヶ空」、「ニコ生を観てくれている人に向けて歌います」とカメラのセッティングされたMacに向かって「そのキスひとつで」を絶唱する長澤とその横顔を眺めるオーディエンス、「フラッシュバック瞬き」ではギターを放り出し、ハンドマイクで酔っ払いのひとりカラオケごっこの如き様相を呈する。「(客席中央を指差し)本当はそこまで行って歌いたかったんだけど、ケーブルの都合でどうも…」と嘆く長澤の姿も印象的だった。

 ニコ生での配信だけでなく、この日はライブレコーディングも行なわれた。録音形式は通常のステレオ定位とは異なり、頭の周囲360度、上下、前後、遠近感までも含む、リアルな音像を再現するバイノーラル録音。“IN MY ROOM”の空気感をパッケージするには最適の形式だ。セレクトされた楽曲は未音源化楽曲にも関わらず高い人気を誇る「いつものとこで待ってるわ」。演奏後に長澤自身も「良いテイクが録れました」と語ったように、ここ最近の同曲の演奏の中でも群を抜いて丁寧に奏で、歌い上げる。「(音源として形に残るものなので)歌い終わったら拍手してください」と恥ずかしそうに前置きをしての演奏だったが、そんなものは無くても同じ拍手と喝采だったはずだ。続けて「これは形として残すか分からないけど…」と「決別」を披露。事前に曲中前半の難易度の高いコール&レスポンスを入念に会場と練習し、いざ演奏スタート。練習のときよりも遥かに見事なオーディエンスのレスポンスに安心したのか、直後の歌詞を長澤が間違えてしまう結果となったが、その和やかな空気も含めてなんらかの形で発表されることに期待したい。

 ここまでで約1時間半の熱演。ラストスパートとばかりに「スーパーマーケット・ブルース」「幸せへの片思い」を音源よりも遥かに振り切れたテンションで歌い叫び、久々に披露された「だから愛して」では空間を静謐に染める。どこか深夜から朝焼けを想起させる楽曲群が、今回の“IN MY ROOM”も終わりに近付いていることを予感させる。が、ここでチャイムも押さずに「鍵が開いていたから」とふらりと部屋に現れたのはandymoriの小山田壮平! 長澤も「来ちゃったんだ」と驚きを隠せない様子だ。「せっかくだから何かやろうか」とセレクトされたのは長澤が普段から頻繁にカバーしているビートルズの「In My Life」。メイン・ヴォーカルを小山田が、コーラスを長澤が務め、流麗なハーモニーを紡ぎ出す。オリジナルではピアノで奏でられる中盤のソロもファルセットで再現してしまうなど、まさしくこのふたりにしか成し得ない名カバーと相成った。続け様に小山田はステージに散乱している紙の中から1枚を拾い上げ、「これ歌いたい」と長澤に提案。「それキー高いけど出る?」という長澤の心配に対しても「…出す!!」と気合い十分。笑いながら長澤が弾き始めたのは「マカロニグラタン」。これがもう凄まじかった。先ほどの「In My Life」とは打って変わり、とにかく大声で、とにかくがなり立てることで高音を絞り出す小山田の切迫したヴォーカリゼーション。それに呼応するように長澤の歌とギターも荒々しさを増していく。ラストの絶叫にも似た“マカロニグラタン”のリフレインがいつまでも続けば良いのにとさえ思った。ふたりには酷な話だが。まだまだ歌い足りなさそうな小山田に対し、「一応締めないといけないから」と長澤は“IN MY ROOM”で解禁されている新曲「享楽列車」「バニラ」の2曲を披露。颯爽と小山田とふたりで部屋を後にするが、間髪入れずに涌き上がったアンコールを求める拍手。まずは長澤だけが現れ、今後の“IN MY ROOM”に対する意欲を語り、小山田と石崎を呼び込む。ふたりのリクエストから会場を含めた全員で「僕らの輝き」を歌う運びとなる。主にサビ以外を小山田と石崎が1本のマイクをシェアして歌い、オーディエンスは間奏後のパートを担当。史上最も長澤が歌わないライブの締め括りとなったが、この景色こそが半年前に長澤の語っていた“その場限りの空間を大事にしたい”ということの象徴なのだろう。果たして8月、9月、更にいつかどこかで開催されるはずの“IN MY ROOM”がどういったものになるのかは見当さえつかないし、恐らく長澤自身も知らない。ただ、必ずやこの夜に劣らない素晴らしい空間が用意されていることは確信できる。そして、その空間が現在制作中の新作にも幸福なフィードバックを与えるであろうことも。

戸川健太(Player)

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SET LIST
01.あんまり素敵じゃない世界
02.どうせ陽炎
03.スリーフィンガー
04.夜間飛行
05.ねぇ、アリス
06.24時のランドリー
07.GOODBYE,HELLO
08.茜ヶ空
09.そのキスひとつで
10.フラッシュバック瞬き
11.いつものとこで待ってるわ
12.決別
13.スーパーマーケット・ブルース
14.幸せへの片思い
15.だから愛して
16.In My Life
17.マカロニグラタン
18.享楽列車
19.バニラ

ENC1.僕らの輝き

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