100点とったら
人を好きになるタイミングは自分の時期によるものだったりする。
環境や、願望、余裕、自分のモードが、たまたまその人の醸し出す波長と絡み合ったとき、急速に仲良くなったりする。
今までさ、学校なんかがそうだったけど、卒業する手前の先生に僕はとてもお世話になったんだ。小学校もね。
中学のころ、ほかの成績がオール1なのに、美術だけ5にしてくれてね。(美術の先生だった)
ここで書いても伝わらないけど、今でも感謝しているんだ。「5」にしてくれたからじゃなくて、俺のどこかを理解しようと模索してくださったことに。ほかの教師がどうこうってことじゃないんだ。
ただ、よくあんな面倒くさい人間に関わろうとしてくれたなぁって、不思議もあるけど同じ人として尊敬してて。
たとえそれが教師という立場でも、それ以前に人間だしね。
何でもそう思う。音楽野郎も、お医者さんも、機長さんも、総理大臣も、立場以前に人間だ。
限界があって感情がある。
煙たいものは避けて生きて行きたいものさ。散歩のように、優雅にね。
「あのヤロー、ひいきばっかしやがる」なんて言えた人もいたし、俺には冷たく当たられたりもした。
そういう人間相手だからどうってことないし、こっちも嫌いだったから居心地は悪くなかった。
でも、俺が天真爛漫な奴だったら、その人を恩師と今頃呼んでいたのかなぁと思う。
俺が何かを踏み外さなけりゃさ、どっかのきっかけで。今じゃ今だから「踏み外した」なんて思わないことが多いけど。
過去の話を脚色して妄想するのは、ナンセンスだし、プラスになりそうもないけど、たまに考えるんだ。
今、会う人にしたってそうでね。
なんだろな...、もっと俺が素直なワンコロだったりしたらこの人と普通に仲良くやれてるのかな、とか。
かえって、今仲良くやれてる人とはどうなってしまっていたのかなとか。
かすっても、微塵も記憶に残らない同士になったかな。
ほら、ナンセンスだ。進歩の見当たらない妄想。笑
自分がどういう人間なのか、分かっているようであんまり分かってないみたいだからさ。ちょっとガッカリした。
ほんの小さなきっかけと、度重なる偶然。
2009年3月19日 10:22 nagasawa tomoyuki コメント(0)