HERE COME THE AUGUSTA CAMP 2008 |
6/23 17:52 |
6月初め、強行スケジュールでリバプールに行って来た。目的はTHE LIVERPOOL SOUNDなるイベントを観るためだ。 European Capital Culture 2008('08年度 欧州文化首都) に選ばれたリバプールでは今年、年間を通じて様々なカルチャー・イベントを行っている。 その最大のイベントが6月1日に行われた「THE LIVERPOOL SOUND 」だ。出演はThe Zutons , Kaiserchiefs , そしてPaul McCartney。
リバプールはその昔、アフリカとアメリカを結ぶ三角貿易の拠点として繁栄した。 つまり奴隷貿易の中心港と言う悲惨な歴史を持つ港町である。 その奴隷商人達の時代から100数十年、リバプールはビートルズが出現するまではさびれる一方で、世界はもとよりイギリス国内でも話題になるような地域ではなかったはようだ。 僕もビートルズによってリバプールと言う地名を知ったくらいだ。 たぶん、もともと歴史的な都市であったにせよ、60年代に入るまではさほど文化的な場所では無かったんだろう。
アフリカから奴隷として連れて来られた黒人達、彼等が受けた深い虐待や屈辱の中から生まれたブルース・ミュージック、それがルーツになり今日のR&BやR&R、そしてポップ・ ミュージックは形成された。 かつて彼等を迫害した白人達の子孫はやがてリスペクトの気持ちを抱いて黒人音楽を受け入れる。 その音楽は東京にいた十代の僕にも確実に届いた。長い時間を経て人種や国境って「壁」を音楽が超えたのだ。
で、今回、リバプールでこのイベントに参加した僕はリスナーとして改めて音楽の力を思い知った。 6月1日、リバプール郊外のアンフィールド・スタジアムは世界中から集まって来た老若男女36,000人の観客でひしめき合っていた。 リバプール市民、ヨーロッパ諸国、ロシア、 アメリカ、インド、そしてアラビックの人たちもいた。もちろん日本をはじめ、東洋系の人たちも。 そのほとんどの人が「リバプールでポール・マッカートニーが見たい!」という情熱を抱いてこの場所にやって来たのだ。 当初、セキュリティーやキャパシティの問題で募集した観客は25,000人だった。 だが応募があまりにも膨大な数に達したため、運営委員会はそれらの問題を必死でクリアし、36,000人へとその枠を拡大。 幸運なことに、日本から応募した僕もチケットを手に入れることが出来た。
ビートルズ・ファンにとってリバプールは聖地である。 だから、ポール のライヴをリバプールで観ると言う事はビートルズ・ファンにとっては一大イベントなのだ。 ポールが彼の出身地リバプールをこよなく愛している事はファンの間では周知の事実である。 その場所でどのようなMCをするのか? そして選曲は? コンサート会場へ向かう観客達は期待に胸を膨らませながらビートルズ・ナンバーを大合唱していた。
僕は前日に知り合ったイタリア青年ミケレとずっとビートルズの話をしていた。 彼はまだ20代だが母親が大のビートルズ・ファン。だから彼は母親のお腹の中にいる時からビートルズ・ナンバーを聴いていたそうだ(笑) 会場ではインドから来たという中年男が僕らに「ビートルズのアルバム SGT PEPPERSのジャケットをデザインしたピーター・ブレイクがあそこに座ってるよ」と教えてくれたり、 はたまたリパプール出身だと言う老婦人は「私はデビュー前のビートルズをキャバーン・クラブで観た。まだ、リンゴ・スターはロリー・ストーム&ハリケーンズに在籍していてビートルズのドラマーはピート・ベストだった」とマニアックだが特別な話を披露してくれたりした。 周囲の人たち全員がビートルズという音楽を介してまるで長い知己のような感じでコンサートの開演を待っていた。
フロント・アクトのズートンズ、カイザー・チーフスが大声援で送り出されたあと観客の興奮はピークに達していた。 ポール・マッカートニーの登場にスタジアムが地鳴りのようにどよめく。 性別、年齢差、人種、宗教、すべてを超えて会場は一体になり全員が彼のナンバーを合唱した。 世界中から時間の都合をつけ、お金を工面してここに集っている人たちがいる。 音楽 と言う力がこの人たちをここへ導いたのだ。音楽によって与えられた感動で僕たちはここにやって来たのだ。そして出逢えたのだ。
ビートルズの、そしてポール・マッカートニーの音楽だけでは餓えている子供達の空腹を満たす事は出来ない、 世界のどこかで今日も続いている戦火を止める事も出来ない。 だが、その音楽が「きっかけ」にはなる。 誰もが愛し合ったり、助け合ったり、笑顔でいられる事がどんなに大切かと言う意識を覚醒させる事はきっと可能だ。 だからこそ、あの時、あの会場にいたすべての人々が心をひとつにして「Give Peace A Chance」を大合唱したんだと思う。
日本に戻った僕は長澤知之と秦基博のライヴを立て続けに観た。 そこには彼等が紡ぎだす素晴らしい音楽と、その音楽に耳を傾けている純粋な観客の、若者達の姿があった。 現代の社会の中で迷い、孤独に押し潰されてしまいそうな魂を長澤や秦の歌が救う事はとても難しい。 だけど少なくとも立ち直る「きっかけ」くらいは作れるかもしれない…。
音楽には力がある。オーガスタのアーティスト達がその音楽で人々に、そして社会に貢献出来たならどんなに素晴らしいだろう。 その音楽が暗中模索している人たちの心の中で小さな光りの点となり、やがてそれが線に繋がってゆく糸口になれたなら、こんな嬉しいことはないだろう。
ビートルズは歌う「受け入れる愛は与える愛に等しい」と。 僕らもまた、オーガスタ の音楽を愛してくれる人たちに同様の愛が返せるように、渾身のパワーを込めて努力すると誓います。
さあ、10年目の夏がやってくる。オーガスタ・キャンプを是非観に来てください!!
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